2008年01月17日
ミスチルの桜井さんも
大学時代は落研にいたそうです!
落語(らくご)は近世期の日本において成立し、現在まで伝承されている伝統的な話芸の一種。衣装や道具、音曲を極力使わず、身振りと語りのみで物語を進めてゆく独自の演芸であり、高度な技芸を要する伝統芸能でもある。
本来「落語」とは落語家が行う演目(ネタ)のなかでも滑稽を中心とし、落ち(サゲ)を持つ「落とし噺」(おとしばなし)のことを指したが、現在では人情噺・芝居噺をも含めた総称として用いられる。
寄席や演芸場(ホールともいう)の興行で演じるプロを落語家(噺家)と呼ぶ。落語家の同業組合(ギルド)に加入していないとプロとは呼ばれない。ギルドである以上、内部では徒弟制度が敷かれている。
明治時代から興行収入の歩合(割)だけでは生活が成り立たなくなってきた。スポンサー(旦那、お旦)からのお小遣い、お座敷(酒席)での余興から、妻の賃労働収入をあてにしたり、落語家自身が副業・内職・アルバイトをしたり、自由業らしく、収入源・額はピンからキリまで様々である。
江戸落語と上方落語には小道具や慣習に違いがある。
落語演目の分類にはいくつかの方法があり、それによって立てられる種類や区分も異なってくる。
成立時期によるもの - 古典落語/新作落語(創作落語)
江戸期から明治期ごろまでに原型が成立し、戦前までの時期に演出が確立した演目を「古典落語」とする。それ以外の「新作落語」は、多くの場合、作者もしくは初演者以外の噺家がネタにしていることが少なく、斯界全体の共通財産となっていないことが多いが、社会の動向に機敏に反応した時事的な作品や風刺性の濃いものが多いのが特徴である。なお、両者の線引きは必ずしも明確ではなく、多くの演者によって演じられる新作落語(桂米朝作「一文笛」等)のように境界線上にある作品も少なくない。
演出の方法・構成によるもの - 落とし噺/人情噺/芝居噺(怪談噺・音曲噺)
古典落語のうち、滑稽を中心とし、噺の最後にサゲのあるものを「落とし噺」といい、人情の機微を描くことを目的としたものを「人情噺」とする。人情噺はたいていの場合続きものによる長大な作品で、かつては主任(トリ)に出た噺家が10日間の興行中連続して演じるものであったが、現在ではその区切りのいい一部分が取出されて演じられることが多い。また上記の理由から、サゲはかならずしも必要ではない。「落とし噺」や「人情噺」が素で上演されるのに対して、芝居のような書割や音曲を利用し、場合によっては演者が立って芝居のごとき見得をしたりする演目を「芝居噺」という。特に幽霊の出てくるような怪談噺は、途中までが人情噺で、末尾が芝居噺ふうになっている場合が多い。また大げさな所作が加わらなくても、音曲を利用して話をすすめてゆくネタもあり、これらを音曲噺と称する。
なお狭義の芝居噺は如上のごときものだが、広義には芝居を題材にしたり、パロディにしたりしている演目を芝居噺とすることもあり、この場合には、全体として「落とし噺」の構造を取り、なかにところどころ歌舞伎ふうの台詞廻しが混じる程度で、立って所作を行うことはない。
上方落語では噺の途中にはめものとして下座の音曲が利用されることがふつうであり、この点が東京とは異なる。従って音曲噺という項目をわざわざ立てるのは江戸落語に限られる。
難易度によるもの - 前座噺(旅のネタ)/大ネタ
前座がはじめに習い覚える話を「前座ばなし」と呼ぶ。多くは口慣らしや口捌きを兼ねた単純で短い、しかし基礎的な技術を養うのに適したネタで、二つ目や真打によって演じられることもあるが、比較的簡単な軽い話とみなされるためにトリの演目になることは無い。逆に大作といわれるネタや人情噺などのうちで特に難易度の高い作品を大ネタと俗称することもある。
上方では前座噺として長い続きものの「旅のネタ」を行うことが多い。どこで切って次の演者をあげてもいいようにできているためだといわれる。
サゲの種類によるもの(落とし噺)
にわか落ち、ひょうし落ち、逆さ落ち、考え落ち、まわり落ち、見立て落ち、まぬけ落ち、とたん落ち、ぶっつけ落ち、しぐさ落ち。
落ちの項参照。必ずしも十分な分類法ではないが、現在もっとも広く用いられている。このほかに桂枝雀による四分類法(ドンデン、謎解き、へん、合わせ)がある。
(以上、ウィキペディアより引用)
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